思えば、あのときの俺のミスだと思う。
あの時引き止めていれば、見送らなければ、コイツが苦しい思いをしなくてすんだかもしれない。
そう思う度に後悔していた。
だから今度は、





痴話喧嘩の結末
久しぶりに弘樹から一緒に飲まないかという誘いがあったときから妙な違和感があった。 いつもだったら有無を言わさず、ズカズカと上がりこんで来るのに、それがない。 案の定、待ち合わせ場所にいたのは少し沈んだ幼馴染。 話を聞けば同居人と喧嘩をして家に居辛くなって飛び出してきたらしい。まったく、毎度毎度世話の焼ける。 幸い美咲が卒業旅行に行っているし、別に時間がないわけでもない。久々に幼馴染の愚痴をきいてやるくらいはいいか。 どうせまた前後不覚になるほど飲むつもりだろうし、わざわざ外で飲むのも面倒だ。 途中でワインや酎ハイ、ビールを買い込んで俺の家で飲むことにした。 美咲がいなくてよかったな。そう思うとまるで浮気みたいだと笑いそうになる。 まぁ、たまに凹んだ幼馴染を慰めるくらいは許されるだろう。 弘樹を家にあげて、買ってきたつまみや酒を適当に開ける。 酔いやすいというか、飲みすぎるきらいがあるらしい幼馴染はいつもの如く早いピッチで杯を重ねる。 アルコール摂取量が増えるにしたがって相手の口も軽くなっていく。 喧嘩をした経緯や、お互いに意地を張ったまま膠着状態に入ってしまったこと、 二人きりの状態に耐えられなくなって家を飛び出したはいいが、どうしていいか分からず俺に連絡を入れてきたこと。 意地っ張りで見栄っ張りなコイツらしいと溜め息をつきそうになる。 本人達からすれば至極真面目は話なんだろうが、傍目から見れば立派な痴話喧嘩で、犬も喰わない何とやら。 コイツの気が済むまで飲ませて、話を聞いて、適当なところで家に帰してやるか、と算段をつけていると急に弘樹が膝に顔を伏せた。 吐きそうなら頼むから洗面所に行ってくれと手を伸ばしてコイツの肩が震えている事に気付く。 本当に、昔から泣き虫なトコは変わっていない。泣くほど悲しいならさっさと仲直りでもなんでもすればよさそうなものを。 「飲みすぎだ。もう寝たらどうなんだ」 頭をポンと撫でてやれば首をかすかに横に振る。意地っ張りにも程がある。 無理やり抱えあげて自分の、おもちゃパラダイスなベッドに下ろす。 ソファーでもいいかとも考えたが、学生時代に散々弘樹のベッドを占領していたのでさすがにそれも失礼な気がした。 「もう寝ろ。明日、朝になったらお前のマンションまで送ってやる」 そんな親切いらん、と布団に潜りこみながら悪態をつく。 そんな弘樹を見て、それだけ元気が戻ればいいかと思う自分は少々弘樹に対して甘いんだろう。 人の親切は素直に受け取っとけと灯りを消して部屋を出ようとすると、扉を閉じる前に聞こえた小さな謝罪と礼。 見ていないことを承知で手を軽く振る。こうして弱いところを見せられると自分の中の保護欲が湧き上がってくる。 自分ももう寝るか、とリビングに戻ると携帯のバイヴレーションの音が響いていた。 弘樹のスーツの上着に入っていたそれを見てみればアイツの同居人の名前が表示されている。 さて困った。これは出るべきか否か。別に疚しいこともないが、弘樹の携帯に勝手に出ていいものか。 とりあえず明日の朝には帰すことだけでも伝えたほうがいいのだろうか。 「あー、もしもし?」 一応事情だけでも説明しようと出た瞬間にものすごい剣幕で迫られた。 さっきはすみませんでした、俺が悪かったです。どこに居るんですか、ヒロさん。迎えに行きます。本当にごめんなさい。 こちらが話す隙も与えず一方的に捲くしたてる彼はこっちが弘樹でないことも気付かない。 弘樹もたいがい暴走傾向だが、彼もそうなのだろう。通りで衝突するわけだと感心する。 「弘樹なら今眠ってる。明日には帰すから心配しないでくれ」 「宇佐見、さんですか」 声が違うことにようやく気付いたのか、さっきまでとは言葉の勢いが違う。 弘樹が出てくるものだと思ったのに違う人間が出てきて驚いたのだろう。 「眠ってるって、今ヒロさんはそちらに、宇佐見さんのお宅に?」 「あぁ」 「じゃあ、これから迎えにいきます」 「その必要はない。明日、俺が責任をもって送り届ける」 でも、と繋げようとする言葉を最後まで聞くことなく携帯の通話を打ち切って、電源ごと落とす。 俺は何をこんなに不機嫌になっているのだろうか。気にすることもない、他人の喧嘩だ。自分が口を挟む様なことじゃない。 分かっているのに、こんなにも苛立つ。そしてイラついている自分に溜め息が出た。 明日は弘樹を送っていくと約束したのだし、自分が飲酒運転で捕まろうものなら新聞やマスコミが黙ってはいないだろう。 さっさと寝ようとソファーに掛けてある仮眠用の薄手の毛布を被る。 目を閉じて睡魔が襲ってきた瞬間にインターフォンで意識を引き戻された。 誰だ、こんな非常識な時間にそんなものを鳴らす奴は。 どこぞの編集者だったら二度と仕事なんぞしてやらん、と重い体を引きずって出ると弘樹の同居人だった。 一体なんの用なのか。だいたいどこで知ったんだ、ここの住所を。 「すみません、こんな時間に。でもどうしてもヒロさんに会わせてほしいんです」 本当に非常識きわまるが、別にそこまで引き取りたいんなら好きにすればいい。 電子ロックを開けようと手を伸ばすと、どうしてかさっきの弘樹の姿が浮かんできた。 「断る。もう君に弘樹を渡す気はない。君は自分の言った事を覚えていないのか。  あの時君は『ヒロさんは俺がもらいます』と言ったな。 悪いが、弘樹を泣かせるような人間にはやれない。弘樹は返してもらう」 インターフォンの受話器の留守ボタンを押した。 自分は今、何を言った。ほとんど無意識で何を言ったかさえ覚えていない。なんで留守ボタン? そういえば彼はどうしたんだ。迎えに来たと言っていたんだったか。その彼は?もう帰ったのか。 どうしようか。まぁ別に明日の朝には帰すし、問題はないだろう。 もういいか。眠いし、考えることが億劫になってきた。自分が何を言ったかは覚えていないが、覚えていないのなら寝惚けていただけだ。 そう結論付けて毛布を被った。 ずっと後悔していた。喧嘩をしたと泣き言を聞かされるたびに、ずっと。 彼が留学していたと、一年も弘樹を放って弘樹に何も知らせずに留学していたと聞かされたとき、殺意さえ沸いた。 あの時、「ヒロさんは俺がもらいます」と高らかに宣言された時、何故止めなかったんだと何度も自分を責めた。 あの時、引き止めていたら、見送らなければ、こんなことにはならなかったんだと何度も後悔した。 だから、今度は俺の意思を通そう。二度と後悔せずに済むように。 ―――――あとがき――――― 一ヶ月とかそんなもんじゃないっすね。超放置してました。 さて、更新再開第一弾は3周年記念リクエスト「痴話げんかして秋彦邸に」です。 たぶん、リクエストしてくださった方は 「秋彦さん家に逃走→惚気交じりの説明→なんやかんやで仲直り→惚気に当てられる秋彦」 を予想されていたんじゃないですかね。 まさかの秋彦落ちですが!!全然野分出てきませんが!!これのどこが「ノワヒロ」なのか分かりませんが!! でもすっごい楽しかった。どうしようってくらい楽しかった。 本当はずっとやりたかった「秋彦VS野分」モノ。 管理人がどうしようもないくらい宇佐見先生好きなので仕方ないです。 たぶんこれを「ノワヒロ」といったら怒られるんでしょうね。
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