治らないし、治したいとも思わない。
治らなければいい。






惚れた病に薬なし
フルフルと寝不足の体を引きずって帰ってきた野分の目元にはうっすらと隈ができていた。 「お、おかえり」 いつにも増して辛そうな野分の様子にさすがに心配になる。 医者は体が資本なんだから無理するな、と声を掛けると大丈夫です、と返ってきた。 どこらへんが大丈夫なのか、今にも倒れそうだ。 「先に風呂にするか?それとも飯に……何してんだ、コラ」 人が珍しく気を遣ってやっているというのに、この馬鹿は一体何をしているんだ。 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。 俺の言葉は無視か、あとこの手は何だ。いろいろ問い詰めてやろうと口を開けば、聞く前に野分の声がした。 「ヒロさんにします」 意味が分からない上に、答えがかみ合っていない。 野分はよく俺に”人の話は最後まで聞いてください”と言うが、こいつも似たようなもんだ。 こと俺のことになると全く聞く耳を持たない。  しかも痛い。抱きしめてくる腕は次第に力が強くなっていく。 普段なら手加減して痛くないようにするくせに、今日に限っては手加減ナシだ。 背骨が折れる、と野分に訴えると腕が少しだけ緩んだ。 「で、なんだよ、俺にするって。俺は――」 「だってヒロさんが『お風呂にする?ご飯にする?それとも……』って言いました」 ものすごく誤解だ。確かに風呂か飯かは聞いたが、それとも……なんて続けた記憶はない。 相当疲れが溜まっているんだろう。きっと頭のネジが2・3個ぶっ飛んでしまったに違いない。 ここは俺が一発ぶん殴って目を醒まさせてやろう。 さっきからこいつだってギシギシと容赦なく抱きしめているんだから、一発くらい容赦なくやったって文句は言われないはずだ。 自分の中で完結して、実行に移そうとした瞬間に拘束が解かれた。 「ヒロさん補給できました、ありがとうございます」 さっきのヘロヘロ状態から脱却した野分はニッコリ笑いながら体を離す。 『ヒロさんにします』ってこういうことか。あらぬ想像をした自分が恥ずかしい。 一方、野分といえば先にお風呂貰いますと脱衣所に向かっていた。 野分が風呂に入っている間に、アイツが持って帰った衣類を洗濯機のなかに入れる。 適当にポイポイ入れていると洗濯機の中でコツンと小さい金属音がした。 中を探ってみると聴診器だった。間違えて持った帰ったらしい。 聴診器をなかから出して、残った汚れ物を全部入れて洗剤と柔軟材を入れる。 これなら飯を食い終わる頃には洗濯機も止まるだろう。 「お風呂ありがとうございました」 「ん、野分ちょっとコッチ来い」 風呂から上がってきた野分をリビングのソファーに呼びつける。 「これ、持って帰ってたぞ」 「あれ、本当だ。すみません」 伸ばしてきた野分の手をスッと除ける。 返してもらえると思ったのに予想と反した行動をとられてビックリしている。 間の抜けた顔を見て、年下なんだなと改めて思った。 「コレ、使ってみてもいいか?」 興味のままに強請ってみると野分はニッコリ 「ヒロさん、お医者さんごっこしたいんですか?」 お前の妄想に俺を巻き込むのは止めろ。 俺は純然たる興味であって、『野分の胸、ドキドキしてる、キャッ』なんてことは全く考えてもいない。 ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ、ボケと睨みつける。 「どうぞ」 そういって聴診器を当てやすいようにTシャツの裾をめくる。 聴診器の端を耳につけて、反対側の平べったいほうを野分の胸に当てる。 当てた瞬間、冷たかったのか野分の体がピクンと震えたが、その後は俺のしたいようにさせてくれる。 聞こえるというよりも耳に直接響くような感じだ。 「どうですか、先生」 本格的に“お医者さんごっこ”モードらしい野分は楽しそうに俺の顔を覗く。 そんな野分の視線から逃れるようにフイと視線を外して神妙な声をつくる。 「残念ですが、この病気は治らないです」 俺の言葉に野分は一瞬キョトンとした顔になる。 さっきの楽しそうな顔とはまた違う、嬉しそうな顔で俺を腕のなかに引き寄せる。 「そうだと思ってました。ヒロさん、俺どうしたらいいですか?」 抱きしめられた体を野分の胸に押し付けて絶対に野分に顔を見られないようにする。 顔を伏せたまま消え入りそうな声でボソボソと答えた。 もしいま野分に顔を見られたら顔から火が出て死んでしまうかもしれない。 頭の上で聞こえる野分の小さく笑う声に本当に腹が立つ。 あぁ、本当に…… 惚れた病に薬なし ―――――あとがき――――― 持ってる電子辞書のことわざ辞書の”愛情・友情”編に載っていた言葉です。 惚れた=一目ぼれ 薬=お医者さん という安直な発想の元生み出された作品ですね。 いや〜、下書きしたのに字が薄すぎて自分でも読めないという……。 本当はこの話の前段階のはなしも作ったんですが、あんまりにもまとまらないので全部カットです。 一応繋げようとがんばったんですが、無理やり感、半端ない。
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