颯爽と部屋を出るあいつの後姿に悪魔を見た。







       台風の中心







「あ、先輩起きました?」

目を覚ますとそこは病院の医局の仮眠室だった。
痛む後頭部を触ればタンコブができている。
そうだ、思い出した。俺は上條さんに思いきり後頭部をブン殴られたんだ。
いや、正確にはカバンをぶつけられたんだったか。あれ?踵落としだったか。やばい、記憶が無い。
どっちにしろなかなか攻撃的な人だったな。
俺の印象としてはどっちかつーともっと大人っぽい人だと思ってたんだけど。
野分もよくあんな雄雄しい男と付き合えるな。俺ならやっぱりかわいい系の女の子のほうがいい。

「先輩?まだぼんやりしてるんですか?」
「お前な、もうちょっと優しい言葉はかけらんねーのか。」
「先輩が悪いんですよ。ヒロさんをからかうからです。」

恋人をからかわれたのがよっぽど嫌だったらしい。
普段の野分ならもう少し言い方が柔らかいはずだ。
語調同様いつもより少し荒っぽく頭に当てられたのはかちかちに冷やされた氷枕だった。

病院なんだからさ、もうちょっといい氷枕用意してくれときゃいいのに。つーかお前もせめてタオルにくるむとか。
文句を言おうと後ろを振り向こうとしたら動けないように押さえられた。
心なしかさっきより強い力で氷枕を当てられている気がする。
耳の後ろで氷枕がゴリッと言う音が聞こえる。

「の、野分?痛いんだけど――」


――先輩。アレは俺のなので二度とちょっかい出さないでくださいね。


そっと耳元で囁かられた声は女の子なら腰が抜けそうな程甘い声だった。
けれど俺には地獄からの誘いにしか聞こえない。別の意味で腰が抜けそうだ。
氷枕についていた水滴が首筋を伝って背中を流れる。
氷の薄い部分が圧力に耐え切れずにペキンと音を立てて折れた。
その音が骨が折れたときの音と酷似していて、一瞬頭蓋骨にひびでも入れられたんじゃないだろうかと不安になる。

「わ、分かってるって。あれはちょっとした冗談つーか。は、反省してるし、二度としないって!」
「分かってるんならいいです」

でも、次は無いですから。気をつけてくださいね。
にっこりと笑って付け加えられた言葉はおおよそ普段のこいつからは想像できない言葉だった。
前言撤回。やっぱあの上條って人はすげぇ。
暴力的なんじゃなくて、あれぐらいじゃないとこいつの手綱は握れねぇんだ。

タオル取ってきますね、と医局を出て行く野分の後姿はいつもと同じ。
頼りになる若手小児科医。
けれど、今の俺には確かに悪魔が見える。


台風の中心にいる人、巻き込まれる人 

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