かの人は「愛している」の代わりにこう言った。










         月がきれい









ベランダに出てぼんやりと空を見上げていると、風呂から上がった野分が声を掛けてきた。

「なに、見てたんですか?」

別に、と視線も合わせずに応えてやると拗ねたように背後から抱きついてきた。
180超えの男にどっかりと圧し掛かられると重い。そして熱い。
のけろ、と抗議すれば、じゃあ俺の質問にちゃんと応えてくださいと言う。
普段ならここまで食い下がらないくせに今日はやけにしつこい。
別に隠す必要はないから正直に言ってもいいけど、なんだか急に恥ずかしさが込み上げる。
あまりにも合っていて、そんなことを、思う自分がさらに恥ずかしくて。
言ってしまおうか。どうせこいつは絶対に知らないし、言ったって分からないだろうから。
野分、と呼べば、はいと返事が返ってくる。未だに腕は離さないままだけど。

「月。月がきれいだなと思って」
「そういえば今日は中秋の名月でしたね」

そう言いながら腕の力をもっと強くした。
応えたんだから離せ。そう言おうと思ったけれど結局言葉にならなかった。
パクパクと口を開いたり閉じたりすると、なにを思ったのか更に腕が締まる。
苦しい、殺す気か、と目で訴えれば、違いましたか?とニッコリ笑顔。
してやったりみたいなイイ笑顔がムカつく。

「月がきれいだな」
「はい、とってもきれいですね」

かの人は「愛している」の代わりにこう言った。「月がきれいですね」と。
あぁ、だとしたらそれに応える言葉は、同意する言葉はどんな意味なんだろう。



    夏目漱石が英語教師をしていた頃、I love you を生徒に和訳させた。
    生徒はもちろんこう答える。「私はあなたを愛しています」
    しかし漱石は違うと言った。日本男児ならばそんなことは言わないと言った。
    日本男児ならばこう言いなさい。「月がきれいですね」



―――――あとがき――――――
どうしてもこのネタはやりたかった。
夏目漱石の「月がきれい」。テレビで知ってかなり感動しました。
あらためて考えればン?と思うこともありますがね。
だってテストで書いたら0点ですよ。教師の模範解答なのに0点てどういうこと。
でもやっぱり好きなんです。
一気書きなので読みにくいところ満載ですが、許してください。





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