コイツは大輪の花に似ている。







       花の君







カタカタとキーボードを叩く俺の横で忍チンはぺらぺらと本を読んでいる。
本のタイトルは『奥の細道』。横には古語辞典、感心なことだ。

「あー、飯でも食うか」
「何か作ろうか」
「いや、今日は俺が作る。忍チンはそこで待っててくださいませよ」

ふーんと不満そうに視線を本に戻す。
いや、別にキャベツ炒めが嫌なわけじゃないんですよ、忍チン。
最近は上達してきたし、忍チンが作ってくれるのは嬉しいんですけどね。
でもやっぱり、たまには俺の作ったものも食べてほしいと思うわけですよ。
とはいえ、凝った料理が出来るわけでもないので、普通に20分程度で出来る適当なもんなんですがね。
完成した料理をテーブルに並べていると、忍チンがキッチンに来た。
コイツは見た目の割によく食べるから、2人分より多めに作る。
育ち盛り、食べ盛り。最近少々食事量が減りつつあるオジサンとしては、歳の差を見つけられているようだ。

「いただきます」
「ハイ、どーぞ」

コイツは花に似ている。
構わずにはいられない。手をかけて、時間をかけて、愛でて。
俺だけじゃなく、他の誰かが俺と同じ感情をもっているんじゃないだろうか。

「お味は?」
「うまい」

少し不服そうにモグモグと平らげていく。

「それはよかった」

時々手折ってしまいそうになる。
俺だけのものにしてしまいたくなる。

「あの、さ」
「んー?」
「後で勉強みて欲しいんだけど」

目が離せなくなる。
綺麗で、目を奪われてしまいそうで、見るのが怖い。
コイツは花の盛りの少し前。
危うい、どこかアンバランスな美しさ。


コイツは大輪の花に似ている。



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