ウサギさんは雲みたいだと思った。 雲の君 英和辞書と課題のプリントと格闘を始めてから15分。限界だっ。 「う、うぅ、何これ、何語?」 泣きそうな俺に止めを刺したのはウサギさんだった。 「英語だろ」 「ンなこと分かってるよ」 怒り心頭な俺をよそにペラリとプリントを取った。 「ある種、才能だな。辞書があるのに解けないなんて」 「うっさい!あーもうやめやめ。ウサギさんがうるさいから集中できないよ!」 さらっと嫌味を言ってやったら5倍になって返ってきた。 「ほう、じゃあ静かにしててやるから、頑張るか?」 聞こえないフリだ、聞こえないフリ。 「お腹すいたでしょ、ウサギさん。すぐに昼ごはん作るね」 もう1時だしね、と台所へ一時避難した。 そう、腹が減っては何にもできないってね。空腹はよくないよ、よくない。 そう自分に言い聞かせながら調理に取り掛かる。 適当におかずを作りながら、晩の下ごしらえもしておく。 今日はバイトもないし、ちょっと凝ったのにしよう。べ、別に家事に逃げてるわけじゃないからね! 出来上がったものから順にテーブルに運んでいくと結構な量になった。あぁ、しまった。これじゃ眠くなる。 全てテーブルに運び終わるとウサギさんが小さく「いただきます」と言って食べ始めた。 「どう、おいしい?」 不味い、と言われたらそれはそれでキツいけど、一緒に暮らしてるし素直に言ってもらえるほうが嬉しい。 あぁ、と言いながらパクパク口に運ぶウサギさん。箸が止まらないから、本当に美味しく食べてくれてるんだろう。 それが嬉しくてよかった、と言った。 「晩ごはんはもっと凝ったの用意するから、たのしみにしててね」 そう言うとウサギさんは少し怖い顔になった。どうかしたのかな?不味かったとか? ウサギさんは雲みたいだ。形がコロコロ変わって、ふわふわ流れて、掴み所がなくて。 急に泣きそうになったり、抱えすぎて溢れそうになったり、一瞬で表情が変わる雲みたいだ。 だんだん千切れて、小さくなって。それが不安でしょうがない。 いつかウサギさんも小さく、千切れちゃうんじゃないかって、不安になる。 「その情熱を勉強に傾けてみたらどうだ?」 ほら、さっきの顔と全然違う。 ねぇ、今度はどうしたのウサギさん。まぁ、辛そうな顔じゃないから、いいけどさ。 「美咲」 「ん?」 「美味いよ」 目を閉じてフワっと笑うウサギさんは雲みたいだと思った。